さいしょは
背後から抑揚も感情もない声。
気配を感じさせることもなくすぐ近くで聴こえたそれに驚いたのを覚えている。
おれにぶつけてくるひりつく緊張感は恐怖すら含まず、どんなヤツがと振り返った時目にしたのは女。その顔が能面のようだったことに驚いた。
気味の悪いヤツ。そう思った。
だがその直後にヤツの祖父に見せた柔らかな声と、祖父と返答に対して少し困ったように眉を下げた表情を見て、出会い頭の対応について納得した。
得体の知れない海賊に、そもそも初対面の人間に本当の姿など見せないだろう。
その証拠ではないがこちらに敵意が無いとわかったあと、なんてことのないように雰囲気が変わり、あげく平然とした様子でおれのクルーを駆り出し、食事の為とはいえ自分の仕事を手伝わせた。
感情のない顔で、声色と表情はひたすら平坦でだったが。柔らかい表情は家族だけのものらしい。
この海なら珍しい方ではあるが、ある程度いる女だ。海賊を正しく恐れ、隙を見せず、感情を、心を見せず、ただ決して媚びない女。海賊相手に背後を取って脅し、無害と判断すればこき使うのは変わっているが。───その時はそう思った。
そんな女は今、海に揺れるポーラータングの甲板で寝そべるシロクマなミンク族の青年の隣で、日光浴を楽しみながらその青年としりとりをしている。
弾む単語の合間に混ざる笑い声が潮風に紛れ流れてくる。笑い声の主を見るとその顔は緩みきっていた。
彼女が恐れも隙も海賊相手だからと見せてない訳では無いのがわかったのはすぐその後のこと。
恐れから表情も心も偽る事にして、生きるもの全てに隙を見せない。それが彼女だった。
隙を見せないのは彼女が猟師という生業を持つからかもしれないが、偽ることを覚えたのは幼い頃にたくさんの命が病によって奪われるのを見たことによるのだろう。
────おれ自身の経験から勝手に想像したことではあるが、目の前でたくさんの命が奪われるのを見る経験をすると全てを信じることが簡単に出来なくなる。『また失うのではないか』という気持ちが生まれるからだ。
『また失うかもしれない』その気持ちは、本当の自分を見せることへの恐れを生み出す。彼女もそうだったのかもしれない。
だから、初めて出会った時、おれから彼女を見ると、感情のない平坦な心で、気味の悪いヤツと思わせられる一因になっていたのかもしれない。今の彼女をみてそう考えるようになっていた。
本当の彼女はよく笑う女だった。沢山のことに興味を持ち、明るく朗らかに笑う。それを知ったのは彼女といくつかの月を一緒に過ごした後。彼女心の内側に入ったものだけが彼女の本当の柔らかさに触れることが出来たらしい。いつのまにかハートの海賊団はそこにいた。
その柔らかさは触れる前には決して感じ取ることも出来ないものだ。初めて触れていることに気がついた時、それは純粋な優しさの中にあり、ひたすら温かく、それに随分と驚いたのは今となっては昔のこと。
その先にある熱い眼差しと溶けるような熱をわけてくれるのを知ったのも今となっては昔のこと。
「……変わったヤツだよ、お前は」
甲板に響いた弾けるような笑い声にため息をつきながらおれはそう呟いた。
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