愛へ殉じた者どもへ
「え、しらない?」
「うん。しらない。」
ポーラーダンク号は廊下にて。驚きの声を上げるクルー、イカックに対して首を傾げながら答えたのはナギだ。
「なにするの?その『ばれんたいんでー』って。」
先ほど停泊中の無人島の探索から戻ってきた二人の話題は『バレンタインデー』。イッカクが「今年ももうすぐだなー。」と言ったのを無人島で採取した薬草の詰まった袋を抱えながら不思議がったナギを見て、「え?バレンタインデーだよ。ナギはなに贈るのか決まってんの?」と聞いたことにさらにナギが『ワケガワカラナイ』と顔を変えたことで話は冒頭へとつながる。
「ナギの村にはなかった日?」
「今初めて聞いた言葉だよ。ノースブルーではポピュラーな日なの?」
「そう言われてみれば…ノース出身以外は知らないやつがほとんどだったから、そうかも。」
「北は遠いからなぁ。ウスリー島までは届かなかった文化なのかな。それで、何をする日なの?」
「うーん…なんていうか、感謝を伝える日?」
そう言ったイカックは二人してたどり着いた目当ての場所、女部屋へ続く扉を開ける。
「ってことは贈り物をすることで感謝を伝えるってこと?」
「そう、そんな感じ。まあ、感謝もだけど、島によっては伝える事の意味合いが違ったりするんだけどな。」
「違う?」
イッカクに続いて自室でもある女部屋に入ったナギは、薬草の袋をベッドに一度置くと、すぐくつろぐように自分のベッドに腰かけているイッカクを振り返る。
「生まれた島ではチョコレートを渡すことで感謝を伝える日だったんだよね。だからここに入ってから何となくみんなに渡したんだけどさ、ウニが育った島ではチョコレートを渡すのは愛を伝えるって意味があったらしくて、誤解されてちょっとした騒動になった。わたししか女クルーいなかったしさ。」
そう言って懐かしそうに笑うイッカクにナギもその光景を想像して笑う。
「じゃあその日はチョコ渡すの?」
「ううん。今はこだわりないな。ノース出身のやつらに聞いたらさ、島によっては女から渡さなかったり、男から愛を伝える日だったり…いろいろだから、それ知ってからはそれぞれが好きそうなもん見つけたら渡してる。」
そう言って仲間の顔でも思い浮かべているのか、楽しそうな顔をしているイッカクを見て、「へえ、なんかいいね。」とナギは言った。
◇
バレンタインデー当日。ポーラーダンク号は海の中。大時化となった海上から逃れただけで、海中はいたって静かだった。
そんななか船長室にて。
「これ。」
そう言って手に持つ何かを部屋の主に渡そうとしているのはナギだ。
部屋の主、船長のローは部屋の扉をノックする音に気が付いて扉を開けて、ナギの姿を確認したと思ったらいきなり彼女が何かを渡してきたので珍しくきょとんとした顔をしていた。
「はっぴー、ばれんたいんでー?だっけ。」
「………………ああ。」
その言葉に合点がいったのかローはため息交じりの声でそう答えると、ナギから何かを受け取ることはせず、彼女に「まあ、入れ。」と入室を促した。ナギはそれに素直に従うと、慣れたようにローが愛用する机の近くに置かれているスツールに座った。特に気にする様子のないローはベッドの縁に腰かけると口を開く。
「イッカクから聞いたのか。」
「うん。ノースだとポピュラーって聞いて参加してみることにした。ローの故郷でもそうだった?」
「……まあ、おれはあまり縁はなかったけどな。」
「ってことで、はい。」
ナギはそう言ってローに再度何かを手渡そうとした。ローは少しだけ考えるようなしぐさをしたが、「悪いな。」と言って受け取った。そして手のひらに収めた物を見て首を傾げる。
「アニ村伝統のお守り…魔よけの首飾りだよ。本当はもっと豪華なんだけど、気軽に持てるように自己流で…四本枝の鹿角で作ったペンダントトップに蛇皮を編んで作った紐で作ってみた。」
「へえ?その組み合わせに意味があるのか?」
「鹿の角は魔を遠ざけ、長寿、平和、力の象徴、福を呼ぶ縁起物…あと水難除けってご利益があるって言われてた。蛇の皮は新生、成長、変化の象徴なんだ。」
「都合が良すぎなぐらい良い事尽くしだな。」
「お守りってそんなもんだよ。」
ナギが渡したお守りをしげしげと眺めそう言うローに彼女は笑う。一通り観察が終わったのか、ローは「ありがたく貰っとく。」と言うと当たり前のようにそのお守りを首にかけた。すぐ服に隠れて見えなくなってしまったが、ナギは身に付けるとは思っていなかったので驚いていた。
「ちょっと待ってろ。」
ナギがそうしているローは自室にあるクローゼットを漁りだした。ナギはなんだろうかと少し覗き込みつつ見守っていると、ローはクローゼットから手のひらサイズの何かを取り出した。
「……ほら。」
ローはクローゼットからナギの前に移動すると、興味深げにローの手を見ていた座るナギそう言ってその手の中の物を彼女の手に乗せた。
「ガラス玉?…中に花…白薔薇?」
ナギがその白薔薇を内側に抱くガラス玉を部屋の明かりにかざすと、白薔薇の輪郭が光を受け輝いていた。
「……きれい。」
「………ペーパーウェイトだ。また新聞読みながら甲板で昼寝して飛ばされちゃたまらねえからな。」
「……あ、うん。それは、ごめん。」
「まあ、それは外で使うようなもんでもないからな。読書の時にでも使え。」
「うん。ありがとう。大切にするよ。」
そう言って笑ったナギにローは小さく笑い返した。
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