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【長編IF】触れられるまでの距離で

2024年2月21日
読了時間: 8分

「……ちょっと広くなった?」

「新造するなら蔵書が増えて床に置かなくても済むように、と思ってな。」


荷物を持つローの答えにそう言ったナギは少なすぎる荷物を部屋の隅に置いた。部屋とは船長室。新しくなったハートの海賊団の船にあるその部屋にナギは居た。


右腕の半分、そして両足を失い義足と姿を変えたナギがハートの海賊団と再会して数日。彼女は再びハートの海賊団の船へ乗船することになったのだが、以前と同じように女部屋に向かおうとイッカクに新しい場所を聞くと、彼女は顔をしかめ「ダメに決まってるだろ。」と言った。その答えに今度はナギが疑問から顔をしかめたが、イッカクはそんなナギにため息をつき「ナギは船長室にお引越しって決まってんの。」と続けた。


「…ロー、やっぱり船長室に居候はよくないよ。女部屋でもイッカクいるし、大丈夫だよ。」

「……何度も言ったが、お前の病状も手足の欠損からくる後遺症もすぐに対応出来るのはこの船ではおれしかいねェ……女部屋に居たい気持ちはわかるが、それだとイッカクに負担がかかる……そっちの方が不都合なんだよ。」


ローはそう言い切るとため息をついた。ナギがイッカクから『船長室へのお引越し』を聞いてから何度もあった問答に少しどころではない不満を持ちながら。


(……そんなにおれといるのは嫌か。)


再会した時は抱き締めても安堵して涙に濡れても笑顔を向けてくれたのに、共に生活することを伝えてからはずっとこうだ。ローはナギの困ったような落ち着かないような様子を見て痛む胸を無視するように顔を背けた。

そんなローを見たナギはちょっと考えると「それは、そうだよね…。」と自分を納得させるかのように呟き、一度床に置いた荷物を持ち上げる。


「どこ置けばいい?」

「…クローゼットの右側。そこはお前の私物を置くのに使え。」

「え。別にいらないよ。ほとんどないし…上着もいらなくなったし…。」

「とにかく使え………船長命令だ。」


その言葉を口にしたローは呆れかやるせなさからかため息をつきつつ備え付けの真新しい机に向かうと、持ったままだった荷物をその上に置く。医学書と医療器具や薬。手術室と処置室は別に新設したが、ここにある医療器具と薬はこれから同じ部屋で生活するナギのためのものだ。

ローはそれらを机にある引き出しにしまうと振り返り、クローゼットに私物をしまい終えたナギと目が合った。その瞬間彼女は気まずそうな顔をして、ローからサッと目を逸らす。そして慌てるように口を開くと「寝床、ハンモックかボンク作ればいいかな。」と言った。

それにローは目を見開き、そして眉間に皺をよせながら彼女を睨む。そして低い声で「下手な冗談だな。」と言った。


「お前、さっきからなんだ?決まったことを止めようとしたり、渋ったり…寝床?ベッドが見えねェのか?」

「いや、そりゃ…それは…船長の寝床だし。」


低いままのローの声にナギは珍しくしどろもどろに答える。それにローは胸のあたりがつかえるように痛むのを感じて、「そんなに嫌なのか。」ととうとう口にしてしまった。


「嫌?何が…?」

「……しらばっくれるな。」

「しらばっくれる…?何を…。」


困惑の顔を浮かべるナギにローは苛立ちを覚える。そして苛立ちのまま「おれと生活するのがそんなに嫌なのかってことがだ!」と怒りを込めて言い放ってしまった。

だがナギの反応はローが予想したものと違った。彼女の顔はボッと音がつくかのように赤くなり、目線をうろうろとさせ、「ローと、生活、が…いや、とかはなくて。」とボソボソと呟く。


「嫌じゃない…嫌じゃないんだ……ただ…。」


そう言って黙ってしまったナギを見つめるローは胸の痛みなどとうに忘れて彼女の言葉を待った。


「……一緒に寝て、迷惑、かけたくない。」


そう言ったナギにローは首を傾げる。


「迷惑……?寝てなにかがあるならそれはイッカクと一緒の部屋でも同じじゃねェのか?」

「女部屋だとベッド別だから…。別に寝ていたら…多分、大丈夫なんだけど。同じ寝床で寝ると…。」


ローの疑問にナギは床を見つめながら答えると、半分になった右腕を左手で掴んでいた。前で腕を組んでいるからこれ以上は踏み込んでほしくない話題なのか、そう思ったローはナギにそっと近づき、右の二の腕に食い込んでいた左手の指をそっと引き剥がすとそのまま引き寄せて抱き締める。そして再会まで覚えていた頃よりも短くなったナギの髪を撫でながら彼女に言い聞かせた。


「……お前が不安に思ってることをどうするかは寝てから決める。」

「……船長命令ですか。」

「いや、トラファルガー・ロー個人としての気持ちだ。」


そう言ったローに彼の胸元に抱え込まれたナギは「そ、そっかぁ……。」と蚊の鳴くような声で呟いた。


◆


夜。暖かな温もりがそばにいるからか、本当に久しぶりの深い眠りに落ちていたローをそこから引き上げたのは小さなうめき声と微かな振動だった。それに気がついて意識を急浮上させると隣にいる愛しい人の背にそっと触れる。


「……ナギ。」


小さな声でその名前を呼ぶと、何かに耐えるように胎児のように丸め震える身体がびくりと反応した。それを見たローは自分が使っていた枕をナギの枕に重ね、ナギに「…身体の向き変えるぞ。」と断りを入れるとその身体を抱え、体制を仰向けに変えると高くした枕に背を預けるように横たえさせる。


「どこが痛む?」


見えたナギの顔は汗が滲んでいて、苦しげな顔で痛みに耐える声でローの言葉に答えた。


「…っ…ぅ…あし、…て、も…。」


ローはその言葉を聞くと頷き、ベッドから出て机に向かおうとした。このために用意していた薬を取りに行くためだ。だがそれをナギがローの腕を掴んで止めた。


「…?鎮痛剤を飲めば少しは楽になる。…合う合わないはあるが。」

「…ちが、う…ち、がう、……っ…。」


苦しそうに途切れ途切れの言葉を口にするナギは首を振ると、ローの腕を掴んだままだった左手から力が抜け、ベッドのシーツに落ちた。


「鎮痛、ざい…効かない、んだ…。」


ナギはそう言うと強く痛み出したのか、また身体を丸めるように姿勢を変えた。

今、ナギを襲っているのは『幻肢痛』。四肢を欠損した時に生じる、失ったはずの手足が存在するように感じられ、そのないはずの手足が痛いと感じる不可解な現象。強い痛みを感じる者は少ないが、ローは念の為にと数種類の鎮痛剤を用意していた。一時的な対処療法でしかないが、それでもないに越したことはないと。


「効かない……?」

「血、が…かわ、って…っ……。」


ローの疑問にそう一言呟いたナギはうめき声を上げると身体を丸めた。痛みに震えるその姿を見たローはナギの身におきた重大な変化を思い、グッと奥歯を噛み締めた。


◇


「だからやだったんです。」


翌朝。申し訳なさそうにしているナギがベッドボードに背を預け座るすぐ横であぐらをかいて分厚い紙の束をめくっていたローがため息をついた。


「おれも想定はしていたんだが…悪い、カルテにあったことを見落としていたか…。」

「知ってるもんだと思って言わなかったわたしもだし。」

「お前は専門家じゃねェだろ。医者で主治医はおれだ…それに、血が変わる…寄生虫が血液を変化させたからと全ての薬物…毒も含めてだが、効かないかは検証したわけじゃねェからな…カルテの記録もこうバラバラにもなるか…。」


そう言ったローはカルテを閉じると、シーツの上にそっと置いた。


「…今、痛みはないか?」

「うん。夜も手ずっとを握っててくれたからいつもよりはずっとマシだった。ありがとう。」

「……ああ。鎮痛剤が効かないとなると…根本的な治療をした方がよさそうだな。いつも強く痛むのか?」

「ううん。時々すっごく痛くなるだけで、普段はあっても違和感レベルなんだけど…なんで初日にすっごく痛くなるかな。空気読んでほしいな。」


そう徐々にぶつぶつ言い出すナギにローはほっとすると彼女の脚を見る。あったところ、と言うべきなのかもしれない。義足を外してむき出しのそこに見るとローの胸はずきりと痛む。

保護し、治療をしてくれた医者の腕が良かったから傷口は綺麗だ。だがそこまでの命を繋げた憎き病、寄生虫症アシブネによる皮膚の変質で赤く染まった部分が広がっており、それは残った脚の部分にも広がり、腹や背中全体までつながっているのをローは知っている。ローは昨夜は、ただひたすら痛みを耐えるナギの背を撫で、残った左手を繋ぐことしか出来なかった。医者なのに、主治医と言っているのに痛みを取り除くことすら。その事実が彼を襲う。


「……あのね、ロー。」


無力感と思考の渦に呑まれそうだったローにナギがポツリと言った。


「昨日さ、部屋で生活するの渋ってたんじゃなくて、その…一緒に寝るの、すごく嬉しかったんだ。離れてた時またぎゅってされたいなって…ずっと思ってたから。でもさ、幻肢痛のこともあったし…それに前…自分でクルーである時とわたし個人である時はちゃんと分けるって言ってたでしょ?言っといて破るのどうかと思うし…。あと、船の中でも二人きりになるんだって思うと恥ずかしくってさ。」


そう言ってナギは『にへら』と恥ずかしそうに笑った。

その顔を見たローは呆気に取られたが久しぶりに見たその笑顔に安堵を覚えた。何か言いたくて、でも何を言えばいいのかわからないでいると、ナギがそっとローの右手をとり、彼女はその手をゆっくり撫でた。


「手に触れられる場所まで戻って来られてよかったや。」


ナギがそう言って細めた目の奥に光るそれを見たローは小さく鼓動が跳ねたのを感じた。そして彼は小さく笑い返すと、捕まれた手を繋ぎ直すとしっかりと握り込んだ。


「……おれも、同じことを思ってる。」

【長編IF】君の熱を知る

震える息に混じる音はなんだろうか。 突然視界が真っ暗になり強い力で身体が動かないのに皮膚からは何も伝わらず、衣擦れと骨の軋む音がした気がして、そこで初めて抱きしめられているとわかった。 意識すると抱きしめてきた人は少しだけ身体を震わせていた。それを感じながらそろりと視線を上...

 
 
 

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