【長編IF】その色に染まることはないから
更新日:2024年10月23日
つくりもののその脚はまるで陶器のような肌をしているが、触れば金属特有の冷たさを感じることから、その持ち主の動きに耐えうる強靭な性質は金属により生み出されているのかとそのクルーは考える。だが持ち上げると質感を感じさせないほどの軽さで、本当に金属で作られているのか?と疑問が浮かび、持ち上げたまま何度も角度を変えてそれを観察した。
「金属とかその配合とか色々聞いたは聞いたんだけど…もちろん、全くの専門外だからわかんなくてさ。」
そう口を開いたのはこの脚、義足の持ち主のクルーであるナギだ。
長らく行方知れずだった彼女はハートの海賊団と再会した時には義足となっていた。彼女の行方がわからなくなった原因の戦いで重傷を負い、両脚が義足、右腕の半分を消失したこと知り、それに驚き悲しみ無力さを感じたクルーも多い。今でもその気持ちを抱え続けている者もいる。
そんな中、それほど苦労していないと明るく笑う本人が夕食を取っていた最中に真剣な顔をして船の修繕や整備を担当するクルーたちに声をかけてきた。なんだと身構えるクルーの一人に彼女はひとつの紙を差し出した。「この設計図を見てほしい。この脚のものなんだ。」そう言って。
「んー…おれは構造はわかるけど…問題は材料だな。材料のほとんど…ワポメタルなァ…。」
設計図とそれをもとに義足を分解し、真剣に向き合っていたクルーがそう呟きながら頭をかく。なおこの会議も言えるナギの義足についての情報交換の場である食堂にはハートの海賊団の技術関連を担うクルー全員と船長でナギの主治医でもあるロー、そして彼女と戦闘でタッグを組むことが多いシャチとペンギンがいた。ナギが設計図を渡したのは『定期的なメンテナンス』を正しく行えるように、そしてもし『義足が壊れた』場合、技術を持つクルーの手で再建できるようにするため。義足の製作者もそれを見込んで彼女へ設計図を渡していた。
「ワポメタルってなんだ?」
真剣な顔で分解された義足を見つめていたシャチが未だ頭をかきながら困った顔をしているクルーを見てそう言った。
「割と最近開発された形状記憶合金だ。おれも本物を見たことはないんだが…つまり手に入れるのは難しいんだよ。まあ、材料無視したら作るのはできる。構造は至ってシンプルだからな。」
「……つまり材料が手に入れば今あるものと同じのを問題なく作れるってことだな。」
クルーの答えを聞いてずっと静かにしていた船長ローが彼を見つめそう言うと、「っすね!」と視線を受けたクルーは明るく答える。それにローは短く息を吐いて視線を真剣な顔をしているナギに向けたが、クルーが「…あ、でもこれ。」と小さく呟いたことで彼の目線は再び彼に戻った。
「ベアリング…の材料は代替えできないんじゃ…。いや、でも、設計図にある…これでもいいのか?確かに今のはもう手に入らないものだから…失えば…ってか?影響は…。」
そうブツブツ言うクルーを訝しげに見るローに気がついたのか、ナギがクルー向け口を開く。
「もしその部分が変わっての影響については聞いたし注意事項もわかってるよ。大丈夫。」
「まあ、もう手に入らないぞこんな素材…よく手に入ったな…産出国がないのに。」
「……手に入らない素材?」
ナギとクルーとの間に出てきたその言葉にローは顔を顰め反応する。それにクルーが「すっごい珍しい素材なんです。」というと設計図を渡した。
「これ、ベアリングに珀鉛が使われてるんですよ。」
その名前にローの顔がビシリと音をたてるかのように固まった。それに気がついたシャチとペンギンも顔を青くし、こわばらせている。だがなぜそうなったのかわからないクルーは「ここっす、ここ。」と分解されたナギの脚の内部を見せた。そこには真っ白なものがはまっていた。
「はずせ。」
「使い勝手のいい素材だから昔はよく見かけ…え?」
「いいから外せ!!」
いきなり怒鳴るローにクルーは呆気に取られ、その声で動いたペンギンが義足を掴もうとしたローの手を止めた。
「船長、ダメだ。」
「何言ってんだこれは…っ!何かわかってんのか!!これが、何を…っ!!」
「わかってます。でも、落ち着いてください…ローさん。」
「落ち着く……?……ふざけるな…そんなもの、おれのクルーに使わせられるわけないだろっ!!」
呆気に取られるクルーたちがじっとローを見つめる中、数人いる沈んだ顔をするクルーたち。その一人であるシャチは泣きたいのか怒りたいのか何かわからない顔でローを見つめ、自分の新しい脚を見て激昂したローをナギは静かに見つめていた。
■
「入っていい?」
食堂での騒動の後。ペンギンとシャチに促され食堂から去っていったローを見送り、暗い顔になってしまったクルーに義足を組み立ててもらったナギはそれで船内を歩き、部屋に戻ってきた。
ノックの必要はないと言われていたがとりあえず声だけはかけてみた。だが予想通りなんの返答もないので今は己の住居スペースにもなった船長室へ入った。
「……本ぶちまけるのは、らしくないなぁ。」
「………おれの……何を知っているんだ。」
ひどく沈んで泥の中でもがくような声をしたローがいる部屋はひどい有様だった。せっかく新造して広くなった本棚など意味をなしていないと言わんばかりに床には本が散乱し、クローゼットは開け放たれ、中身がぐちゃぐちゃになっていた。それでもナギのスペースは綺麗なままなのでナギは小さく笑う。
「……用がないなら。」
「なので帰ってきました。」
「……。」
「ここが部屋だって言ったのは誰でしたっけ。」
ナギは押し黙ったローに苦笑すると彼が座り込むベッドのそばに近づく。だが、その前にローに殺気を含む強い視線を浴びせられ、仕方なく止まった。
「その脚を近づけるな。」
絶対零度の声にナギも流石に顔をこわばらせる。だが、彼女は自分を落ち着かせるように深呼吸するとローに近づく。すると今度はローの顔がこわばった。ナギにはその顔が幼い子供が暗闇を怖がるような顔に見えて、白く鈍く光る脚は自然と止まった。代わりにそのままそこにしゃがむと座り込んだままのローと目線を合わせる。
「…小さい時さ、本で読んで珀鉛の産出国のことを父ちゃんに教えてもらったことがあるんだ。」
ナギは誰に言うわけでもない、ただ空間に投げるような声色そう言った。だがその言葉にローは唇を噛むと、床を胡乱な目で見つめる。
「それを…この脚を作ってもらった時に思い出した。そう言えば父ちゃんに教えてもらったなって。でも、元産出国だってことも知った。」
「……なぜ、『元』産出国……そうなったのかも知っているのか。」
ローは暗い声で問いかけるような声でもなくそう呟く。ナギは「うん。知った。」と答えるとローとの距離はまだ遠いままその場に座った。
「本で見た時さ、はくえんって何だろうって思ったんだ。父ちゃんは知ってるのかなって思って聞いたら、真っ白で美しいものだって教えてもらって…だからそれがあるその国は白くて美しくて素敵な場所だって…いつか行けるかなって父ちゃんに言った。綺麗で素敵な場所に行けるかなって。父ちゃんは海に出れば行けるかもなって笑って。だったらどんな海でも乗り越えられるように強くなるんだ…って兄ちゃんに言って稽古つけてもらったりしたんだ。」
そう言ったナギの声は静かだった。ローはその声に釣られ彼女を見ると彼女はどこか遠くを見ていて、ローはその姿に珀鉛を見た時とは違う焦燥感を感じ思わず腰を浮かせた。
「海に出て…まだそこには行けてないけど、はくえんを初めて見た時嬉しかった。海に出たら出会えるんだってまたひとつ知ることができて。今だから知ったこともあるけど、小さい時の夢をひとつ叶えたからさ。」
そう言って寂しそうに笑うナギは立ち上がると床に散らばった本を拾い始めた。その顔に寂しさやローに焦燥感を抱かせるような色は見えないが、ローの胸は締め付けられ、立ち上がることすら邪魔に感じてすぐそばにあった一冊の本を乱暴に掴むと能力でナギと入れ替えた。「わっ。」と短く驚きの声を上げるナギを確認するとローは力の加減など忘れたかのように彼女抱きしめた。だがナギはそれに抵抗することなくされるままにいる。そしてローは何度か躊躇うように口を開き、そして一度ぐっと奥歯を噛み締めると口を開く。
「本当に綺麗な街だった…どこもかしこも真っ白で…。いつもみたいに祭りがあって、みんな、みんな笑ってた…。……父様がいて、母様がいて…ラミがいて…。」
何かを振り返るローの声は何の色もない。例えるなら真っ白。そんな声で静かに、とても静かに紡がれていくその物語。
「……見せてやりてェな…見せて、あの町を…。」
ナギはそっと彼の背に手を回し、ただただ静かにその言葉の続きを聞いていた。
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