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第二話 指針

2024年2月11日
読了時間: 9分

更新日:2024年2月13日

「まあ、孫だ。」


ざしゅ。

ぐちゃ。


べちゃ。

妙な音が、例えるなら肉を切り裂き、そこから飛び散る音が響く小屋の中、ローたちはまだそこにいた。

ほんの数刻前はこの小屋に新しく表れたによって一触即発だったのだが、いまはローの疲れた顔、ベポの引きつった顔、そして妙な音を奏でるのに駆り出されたペンギンとシャチによって霧散していた。


「鍋の具材を獲りにいっていたんでな。紹介できなんだ。ワシと同じく君らのような海賊の行く先の邪魔はせんよ。」


男のその言葉にロー視線を『女』に向けた。先ほどローに刃を向けた『女』は男の孫であった。そんな孫は鍋の具材だという大猪を捌くためにローのクルーを二人借りて土間で大猪を肉にしている最中だ。


「じいちゃん、わたしがいないときに誰も小屋にいれるなと…。」

「ええ奴らじゃろ?お前も新聞で気にしていたではないか。」

「そういうのじゃない。たとえそうでも少しは警戒してよ。」


両掌を血まみれにして大きな笹の葉を持ってきた髭の仮面男の孫だという『女』が祖父に見せた顔と言葉で刃の本当の意味を理解した。それにローは少しだけ視線を下げ、そして女を見ないまま、彼女に向けて口を開いた。


「……お前が持って帰ってきた猪の解体は終わったのか。」

「うん。船員借りて悪いな死の外科医。でも助かった。もう少しで鍋できるよ。」


女はそう言って笹の葉を鍋の近くに置く。笹の葉の上には捌いたばかりの猪の肉が乗っていた。祖父である髭の仮面男はその肉を箸でつかむと鍋に入れていく。その様子を見ながら女はローに向けて口を開いた。


「悪かった刃を向けて。」

「いや…べつに気にしちゃいねえ。殺気はなかった。」

「そう。まあ、私じゃ相手にならない。」


女はローに言葉にそう言って小屋の外に出ていった。直前に一緒になって解体作業をしていたペンギンとシャチに声をかけていったからか、二人もそれについて行った。ローはそんな光景を見ながら女に刃を向けられた時気配を感じなかったことを思い出し「嫌味か?」とつぶやいた。それを拾ったのか鍋と向き合っていた髭の仮面男は笑う。


「孫は狩猟を生業としておる。ヒトよりもはるかに感覚の鋭い獣相手にしているからの。気配を殺すのは日常的なことだ。獣相手に殺されたそれを感じ取るのはなかなか難しいことだ。」

「……孫自慢をどうも。」

「ははは。自慢一つもしたくなるものだ。…ああ見えて、あやつはお前さんたちのことは気に入っているようだからな。それもあって刃をむけてみたくなったんだろう。新聞を賑わすルーキーの首に刃を。それはおもしろそうだと。」


髭の仮面男の答えにローは頭を抱えた。面白そうで海賊の首に刃物を当てるなど聞いたことがない。


(それほどの自信があるってことか。)


ローはそう考え苛立ちを覚えたが、そんな様子を見ている女の祖父は楽し気に笑っていた。

猪解体が終わり、後片付けが終わった頃。髭の仮面男の誘い通りローたちは彼とその孫と鍋を囲むこととなり、そこで初めて二人の名前を聞くこととなった。


「ワシはアケボノ。この島にはあまり人が寄り付かんでな。海賊が来ても深くかかわることはせんし、名前など聞かれんから名乗ることなんてしばらくぶりだ。」


そう言った髭の仮面男ことアケボノに続き、彼の孫は「わたし 、ナギ。」と鍋の具材を頬張りながら名乗った。

ペンギンとシャチは孫の女とすっかり打ち解けていたのか、「おれペンギン!」「シャチだ!」「改めてよろしくなーナギ!」とにこやかで、ベポもその輪の中に入りたそうな様子に気が付いたのか、ナギが「きみは?」と聞き、それにベポは元気よく名前を答えていた。ローは別に名乗らなくともいいだろうと黙っていたが、女の名前の響きが嫌に引っかかり、「ナギ、な。」とつぶやき再び視線を床に落としていた。


「ん?死の外科医、よんだ?」

「あァ…?…呼んでねえよ。」

「そう。」


ナギは耳がいいのか、ローの小さなつぶやきを拾い彼を見る。ただナギは自分の名前を呼んだ男があまり気分のいい様子ではない顔をしていることに気が付き、すぐに視線を外した。そんななかアケボノがふと気が付いたような顔で口を開く。


「他にもクルーはおるんじゃろ?」

「ああ。」

「船は大丈夫なのか?」


アケボノの言葉にローは気遣いは不要だと反論しようとしたが鍋の具材を口いっぱいに含んだペンギンに遮られた。


「ほへなら…んぐ…うっま……。…さっき食料渡してきました!ナギが肉やほかの食料を分けてくれたので。」

「…おい、いつの間に。」

「手を洗いに行ったついでに。日持ちする野菜とか干し肉貰ってます。船戻った時にハクガンに上陸はどうするのか確認されたんすけど、この島の人間のところでどう動けるか情報収集してるから今は待機、と伝えてます。とにかく船の連中の今日のメシの心配はないですよ。」


そう言ったペンギンは空になった器に煮える鍋からせっせと中身を移していた。


「おい、アケボノ屋………恩を売られる気はねえぞ。」

「恩だ?…一ベリーにもならんそんなものを売るものか。ただワシらの暇つぶしだ。」


アケボノの本当にそんなことはどうでもいいという声色で鍋の具材を口の中に放り込んでいる。それが苦手だと感じたローは深くため息をついた。それを横目でみたアケボノは具材を飲み込むと再び口を開いた。


「そうさな…あえて理由をつけるなら、ここの島は人が寄り付かん。故に暇でな。これといった娯楽に縁がない。だからまあ、それに付き合ってくれ。ああ、生きるのには困らんから奪うことはない。奪いに来るなら別だが。」

「……寄り付かないとはどういうことだ。」


アケボノの言葉が引っかかったローはそう聞いた。それにアケボノは手にしていた器の中身を掻きこむと、腰を軽く上げつつ鍋に箸を伸ばすと当たり前のようにそう言った。


「なに。この島はログがたまるのに一年かかるからだ。」


あまりにもサラリと出たアケボノの言葉にハートの海賊団の表情が凍り付いた。

その中で一番早く表情が解けたベポが変な叫び声を上げながら立ち上がり、その拍子に手に持った器を落とし、中身がベポの隣に座っていたシャチにかかった。「あつぅ!!」シャチは大声をあげて床に転がる。


「いち、ねん!!」


ベポは顔を青くしてアケボノを見下ろし真っ青な顔で震え、ようやく氷解したペンギンがさらに顔を強張らせ「冗談だろ…?」と箸を落として呆然と言った。


「そう、一年。だからこの島は通りすぎる。……前の島で聞かなかったのか?」


アケボノが言葉なくがく然としていたローにそう言うと、ローはこの島の一つ前に停泊した島での騒動を思い出して舌打ちをした。他の海賊とのいざこざに巻き込まれ十分な補給もままならず、そのような状態で情報収集をしている暇はなかったのだ。


「ゆえに近隣の島のエターナルポースを手に入れ、ここは避けるのがこの海域を超える常識なんだがな。」


アケボノはそう言って手に持っていた器を机に置く。そしてローの深いため息を聞きつつ髭を撫でた。顔を歪めながらそれを見ているローは重々しく口を開く。


「……ここにはエターナルポースはないのか。」

「残念ながら、ここには。」


ローは大きく舌打ちをし、ベポの方を向く。それにベポは「どうしよ、キャプテン…。」と蚊の鳴くような声で答えた。


「……一年間は、長いか。」


そんな中、事の成り行きを見守るように黙り込んでいたナギがポツリと言った。


「待てないほど急ぐ旅?」


続くナギの言葉にローが不機嫌さを隠すことなく彼女を見る。ナギは真剣な顔をローに向けていた。その顔にローは少し驚き、少しためらった後口を開いた。


「…ああ、急ぐ。おれには行くべき場所があるからな。」

「……そう。そうか。」


ローの回答にナギはつぶやくような声で答え、そしてすっと立ち上がった。ローはその様子をアケボノが複雑そうな顔で見ていることに気が付き、首を傾げた。


「じいちゃん、山行ってくる。日の出までには戻るよ。」

「……あい、わかった。」

「え、ナギ今から山に入るのか?夜だぞ?」


確かにもう日はすっかり暮れている。驚くペンギンの声に、軽いやけどを負った腕をさすりながら復活したシャチも同意する。


「危なくねえか?」

「今日は満月だから平気。山歩きしやすいから。」

「そ、そういうもん?」

「……何をしに行くんだ。」


満月を言い訳に夜を危険だとおもっていないようなナギに首を傾げるシャチを無視して、ローはナギにこう言った。


「エターナルポース、必要だろ?」


◇


穏やかな波を手前に登る日。多くの人はこの瞬間を美しいと言うのだろう。

そんな日の出を迎える前にナギは山から帰ってきた。手土産にと大きな鹿を抱えて。

昨夜、ナギが山に行くと言って小屋を出ていったあとアケボノからローたちにいくつかの情報がもたらされた。


一つ、この島の名前は『ウスリー島』。

二つ、『ウスリー島には村と街が存在する』。

三つ『街は海軍が常駐しており、海賊には向かず、エターナルポースを奪うなどほとんど不可能』。


最後に『ナギは村の様子を見に行くために山に行った』と。

そう聞いて疑問と疑念を抱いたのはローだ。


「お前たちはお尋ね者か何かか?」

「それを君がいうか?」

「……たしかにな。」


笑いを含んだアケボノの言葉にローはため息をついた。でも抱いた疑問も疑念も晴らさないわけにはいかない彼は再び口を開く。


「じゃあ、何か問題を抱えているのか。」

「うむ。そういうことになるな。」

「あんたか?…あんたの孫か?」

「いや、違う。」


アケボノは首を振り、先ほど見せた笑いなどとうの昔かのような疲れた声で否定した。


「……村が問題を抱えているのだ。迂闊には入れん問題をな。だから孫は入ることができるか確認しに行った。」


彼は再び首を振ると大きなため息をつく。村が問題を抱えてからという言葉に村八分かそれに似た何かに身を置かれているのだろうかと考えていたローは、そのため息でそうではないことを感じ取った。だがそれ以上はくみ取ることはできずじっとアケボノを見る。


「問題がある故、わしも孫も長い間村には行けなんだ。だが、今村に行かねば君らは進めんからな。」

「…どういうことだ?」

「その村にエターナルポースがある。あやつはそれを取りに行くつもりだ。」


その言葉にローはわずかに目を見開いた。そんなローの様子を理解しながらもアケボノは言葉を続ける。


「ただ、あやつ独りでは到底手に入れることができなくてな。君らに手伝ってもらう必要があるだろう。」

「……手伝う?」

「行けばわかるようなことではないからな。説明したいところだが…。ワシの口から語るわけにはいかんことなのだ。孫が帰ってきたらあの子が教えてくれるだろう。それまで待ってやってくれ。」


村が抱える問題に、その村にあるエターナルポースが海賊の手伝いがなければあるとわかっている物が手に入らない?ローがその疑問を口にする前に日が昇り始めた。


──そうしてナギが準備の一つだという村の様子を見て帰ってきた今。

ローは彼女の祖父から聞いた事を踏まえて彼女へ『何故ハートの海賊団のために取りに行こうと考えたのか』を問い掛けると、ナギは祖父の方を少しだけ見て「急ぐと聞いて。」と答えた。


「…恩を売られる気はねえぞ。」

「恩を売るつもりはないよ。」


この女もジジイと何を考えていやがる。そう考えがよぎったローの低く威嚇するような声にナギはカラッとした声でそう答えた。


「……でも、そう言われても困るか。」


じゃあ理由を話せと口にしかけたローの言葉を遮ったのはナギの声。


「おもしろそうだったから。」そう言ってナギはふわりと笑った。

第三話 ある病の話

夜に偵察したのは気配が分かりやすいから。そう話すナギを先頭にローはベポ、ペンギン、シャチと共に海岸沿いを歩いていた。 ナギは腰に赤く大きく平べったい木の箱のような形をした鞘を持つ刀を佩いている。同じようにローもクルーもそれぞれ武装しているが、そうするように言ってきたのはナギ...

 
 
 
第一話 出会い

偉大なる航路、グランドライン。 ロマンあふれる冒険のそばにいつも死があるこの海域に北の海から入り、まだそれほど経っていないハートの海賊団は、次の島に進む為のログをたどる中幾度と降りかかる悪天候によって予定よりも大幅に時間を要し、あらゆる物資が底をつき補給が急がれる状態に陥っ...

 
 
 

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