第三話 ある病の話
更新日:2024年2月13日
夜に偵察したのは気配が分かりやすいから。そう話すナギを先頭にローはベポ、ペンギン、シャチと共に海岸沿いを歩いていた。
ナギは腰に赤く大きく平べったい木の箱のような形をした鞘を持つ刀を佩いている。同じようにローもクルーもそれぞれ武装しているが、そうするように言ってきたのはナギだ、その状況にシャチは首を傾げ、その疑問の一つ目を口にした。
「ナギは山に行ったんだよな?その向こうじゃないのか?」
「山に行ったのは村を見下ろせる場所があるからだよ。様子見だけなら山に行った方がよかったんだ。村に行くにはこちらの道の方が早い。」
ナギはシャチの方を振り返りながら答える。シャチはへェ~と納得するとまた口を開いた。
「でも迂闊に入れないってなんなんだ?海兵が巡回しているとか?武装してんのはそのためか?それなら気にしねェのに。ねえキャプテン。」
そう突然シャチの疑問の続き振られたローはちらりとシャチを見るとナギに目線を移した。並び歩いていたペンギンとベポもナギを見ると、ローは少し考えナギに対してその疑問を口にする。
「村になにがある。」
「ん?エターナルポース。」
「……それはお前のジジイに聞いた。『村そのもの』になにかあるのか、と聞いているんだ。」
ローはナギの要領を得ない答えに彼女はあえてそれを避けていると感じた。彼は目線だけで答えを促すと、彼女はあからさまに視線をそらす。ローはその様子をただ睨みつけ、流石にナギはそれには居心地の悪さを感じたのか、頬をポリポリと掻くとため息をついた。そしてナギの足が止まると、おのずと全員の足が止まった。
「それは、着いた時の……さぷらーいず。」
ナギのその返答にずっこけるクルー。「「「言ったらサプライズになんねーだろ!」」」と突っ込みを入れるが、ローは特大のため息と殺気を放ちながらナギを睨む。
「……サプライズだ?お断りだな。……言わねェならここでてめェを切り伏せて、『問題を抱えている村』にあるエターナルポースを見つけ出すまでだ。」
「あー…それは、困る。」
「…困る、ね。……街には海軍が常駐していると聞いているが、村もそうか?海賊のおれたちを遠ざけるためか?…だとしたら馬鹿にしているのか?」
「馬鹿に、それだけは絶対に違う。。ただ、すこし…。」
ローが強い口調に対しても未だはぐらかそうとしたナギに、ローは手に持つ刀の鯉口をかすかに切る。それにナギは本当に困った顔になり、ため息をつくと口を開いた。
「悪い、少しふざけすぎた。言葉にするのが難しくて。……ちゃんと話すつもりでいた。」
そして一度躊躇したように口を開きかけ閉じると、ぐっと唇を噛み締め言葉を吐いた。
「…村は十数年から『赤い怪物』に占拠されているんだ。だから海兵も手が出せない。もちろん、わたしもじいちゃんも──それがこの先の村。アニ村。」
ナギはそう言って一瞬悲しい顔をした。
「『赤い怪物』ってなんだ?」
ナギの悲しい顔に気づかなかったベポの興味を隠せない声を受け、ナギは頷くと話を続ける。
「『赤い怪物』は名前の通り全身に真っ赤な怪物。村では『赤鬼』とも呼んでた。」
「『赤鬼』…?なんだよ、それ?」
妙な呼称に首をかしげるシャチにナギは「変わり果てた姿がそう見えるんだ。」とだけ答えた。その言葉にローはひっかかり、「変わり果てる…?なにをだ。」とナギに聞く。
「人間の身体が。」
「人間が?じゃあ鬼ってのは、元は人間ってことか?」
ナギはンギンの言葉にうなずき、それを見ていたローは少し考え口を開いた。
「……肉体が変化…能力者による攻撃か、あるいは…病気か?」
「うんそう、病気。罹患すると身体が、特に皮膚が真っ赤に一部は隆起するような…ケロイドっていえばわかる?」
「……おれは医者だ。」
「ああ、外科医は本当。死は嫌味?」
「……。」
「わかるなら話、早いや。罹ると倦怠感、下痢、嘔吐…そんな症状が表れて、ひどくなると皮膚障害を起こす。皮膚障害は進行すると皮膚の機能をほとんど奪う。だから患者のほとんどはケロイド状に変質した皮膚が全身を覆う前に死ぬ。」
「詳しいな。」
「病気自体は村ができたときからあったらしいから、村のみんなよく知っていた。それに……私が小さいころ大流行して村のほとんど死んだから、いろんな状態の人を見た。末期症状もたくさん。だからちょっとは詳しいかもしれない。」
ナギのその言葉にローは口を閉じる。他の三人も息をのんでいるようだったが、ナギはそれを気にすることなく話を続けた。
「それでも一部の人間は死ぬことなく、病原に?身体も順応するのか…まではまだわかってないけど、全身の皮膚が真っ赤になったら化け物に変わる。人格も人としての機能も死ぬ。」
「…それが『赤い怪物』、『赤鬼』か。」
何ともいえない顔でつぶやくペンギンにナギは小さく頷いた。
「『赤い怪物』も昔々は数十年に一度現れるかどうかの存在で、出現しても村人総出で止めることができた。」
「え、襲ってくるの?」
ベポの驚きにナギは言葉を続ける。
「そう。動くものを見ると破壊しようと追いかける。そこから『赤鬼』って呼ばれったらしい。それに。昔は破壊神と恐れて…転じて鬼神としてあがめられてもいた。赤い鬼神は村を守る役割も担うことがあったみたいだけど…。でも多くは『赤い怪物』になった者の無念や怒りを鎮めるために行っていたから、神としての呼び名だった『赤鬼』って呼ぶ人は少なかった。」
「神にねぇ…。鎮魂のために神として祀り上げるってやつか?ちょいちょいそういう島あるよな。」
「それがまだ村にいるってことか。」
ペンギンの関心にシャチが言葉をつなげるとナギはまた頷いた。
「うん。いくつか。」
「…街の海軍はなにもしてねえのか?」
ローがそう言うとナギの纏う空気が一気に張り詰め、ローは思わず目を見開く。
「海軍は、なにもしなかった。」
「………そうか。」
ナギのその言葉を聞くとローは帽子を被りなおす。ナギは少しだけため息をつくとローに対して再び口を開いた。
「でも、今になってほぼ毎晩村に来てる。」
「……昨夜の偵察の理由か?でもなぜ夜だ?」
「夜は怪物が動かないんだ。だから本当は夜に村に行きたかったけど、最近やたらと海軍がいるから今夜も無理だと思う。」
「動かない?なにか理由があるのか?」
「わからない…調べたくても『赤い怪物』がいて近づけなかったから。でも確かなのは、彼らは夜になるとおとなしくなってじっとする。」
「なるほどな。それで……村に『赤い怪物』は何人いるんだ?」
「ろ…五人。」
「『赤い怪物』となれば進行しても病が原因で死ぬことはないのか。」
「うん。一度あの姿になったら外的要因以外では死なない。だからと言って殺そうとしても並大抵の奴じゃ返り討ちにあって死ぬのがオチ。『赤い怪物』は病状が重くなれば重くなるほど強くなる。病気がどれだけ進行しているかわからないけど、少なくともこの街にいる海軍じゃ対処できないほどになっているはず。でも悪名高いローたちなら大丈夫だろうとわたしは思っている。じいちゃんもいってた。」
そういうナギにローは幾度目かのため息をついた。今度は呆れのため息だ。エターナルポースについてもだが、この手放しの期待はどこから来るのか。
彼はアケボノからこの話ができない理由の一つにどうやらこの島の街にいる海軍が関わっているのだろうと予測していた。何かしらその『赤い怪物』について調べているのであれば、それについて詳しいナギ以外の者が喋るのは避けたかったのかもしれない。海軍や政府より、海賊を頼ることの方が都合がよいこともこの海ではあること。
だとしても、アケボノとナギがいくら『暇つぶし』と言ってもロー達に気まぐれだけで関わるとは思えない。村に行くことには裏に何かがあるのはわかりきっている。だから得体のしれない海賊の前に宝をぶら下げ、ナギはローの目の前を歩いている。
ローはそう考えながらちらりとナギを見た。だがその彼女はどこか遠くを見ていた。瞳にはどこまでも沈んでいくような色が浮かんいて、それを見たローは妙に居心地が悪くなってしまった。
「でもよ、エターナルポースはどこにあんのか知ってんのか?」
少しばかり静かにしていたシャチが、そういえばと言った声色でナギに言った。ペンギンもそれに同調して「アケボノじいさんとこが家なんだろ?村には詳しいのかよ?でもまあ『赤い怪物』の病?その蔓延の前まで行き来してたらそうか…。」と疑問を口にしつつもぶつぶつとつぶやいている。
「あ、言ってなかった。」
ナギは「そういえばそうだ。」と言ったテンションで、でも真顔のまま続きを言った。
「アニ村は私の故郷。エターナルポースがあるのは私の生まれた家だったところ。あと、私もその病にまだ罹ってるんだ。だからそれもあって病気にちょっと詳しいんだよ。」
彼女がまるでついでの様に言った言葉はとても軽く、でもローにとっては酷く重いものだった。
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