甘くてうれしいものをあなたに
メリー号のキッチンには朝から甘い香りが立ち込めていた。本日はバレンタインデー。先日立ち寄った島では感謝の気持ちを込めて手作りのチョコレートを贈りあう文化があるとかで、街中に広がる甘い香りに触発されてかメリー号でもチョコレート菓子を作ることになった。
材料はその島で買いこんだもの。講師はもちろん麦わらの一味のコック、サンジだ。生徒はつまみ食いで材料がなくなるからと追い出された船長と参加不参加の前から眠りこけてる剣士、見学がいいわとニコリと笑った考古学者を除いた、ナミ、ウソップ、チョッパー、そしてウルの四名。
「テンパリングまではしねェから肩の力を抜いていいぜ。」
「てんぱ?」
「リング??」
「???」
「てんぱりんぐ?ってなに?」
サンジの呪文に首を傾げるチョッパーとウソップにつられて首を傾げているウルを見て、ナミがサンジに質問してサンジはニコニコと詳しく説明し始めるのを聞きながらウルはさらに首を傾げている。
「ウルはなんで作りたいって思ったんだ?」
そんなウルのそう声をかけたのはウソップだ。そう言ったのにもワケがある。このチョコレートを作る臨時教室はウルが『ちょこつくりたい』とサンジにお願いしたから開催されたのだ。珍しいお願いとその話を詳しく聞いたサンジは驚いたのかちょっと考え込んだあと、『じゃあ材料を買わねえとな?』とウルの頭を撫でていたのをウソップは見ていた。
ウルはそんなウソップを見て、そして外を見た。
「ゾロにあげるのか?」
ウソップとウルを挟むようにしてチョコレートづくり教室のテーブルにいたチョッパーはその言葉を拾うとニコニコ笑いながらとそう言った。ウルはそれに嬉しそうな顔で頷くと、今度はチョッパーに何かを言った。
「え!おれにもくれるのか!エッエッ!ありがとうな!」
嬉しそうなチョッパーとそんなチョッパーを見て嬉しそうなウルにウソップはほんわかと顔を緩めたが、ふとあることを思い出して顔をしかめた。
「そういや、ゾロのやつ──」
「っと、野郎どもほら、材料だ。ウル、待たせちゃったな。ウルにはこれを使ったチョコの作り方をおしえるぞ。」
ウソップの言葉に割って入ったのはサンジだ。両手に持った調理器具と板チョコレートの束をウソップ、チョッパーの前に。そして彼が『コレ』と言った材料の入ったバットをウルの前に置くと、疑問符を浮かべるウルへ続きを話し始めた。
「コレなにって?これは柑橘類の皮で作ったお菓子だよ。皮を砂糖水で煮詰めてドライフルーツにしてる。日持ちするし、ナミさんのミカンを使わせてもらった時にはよく作るんだが……これはちょっと特別なやつだ。」
そう言ったサンジはそのドライフルーツをひとつ掴むとウルへ「食べてみ?」と差し出した。ウルは素直に口を開けてパクリと食べたが、もぐもぐと口を動かした後口をへの字に曲げてしまった。
「ウルにはちょっと早かったか。」
「何食わせたんだよサンジ……。」
「ウル苦かったのか?水のむか?」
頷くウルにチョッパーは水を持ってくるとウルはそれを素直に受け取った。
「柚子の皮で作ったドライフルーツだ。砂糖はしっかり入れているが、質のいい酒も入れてるからな。ウルには早くてもあいつにはちょうどいいだろ?」
サンジのその言葉にウソップは「あ、」と声を上げたが、それにサンジは静かに人差し指を口に当てる。そのしぐさにウルとチョッパーは首を傾げたが、ウソップはそれ以上は何も言わずウルを見て「さー!張り切って作るぞお前ら!」と言い、続いたサンジの「じゃあこの板チョコを細かく砕いていくぞ。」とチョコレート教室を始めた。
◇
メリー号の甲板にて。ゾロはぼんやり空を見上げていた。甘ったるい匂いがキッチンから立ち上っていたからか、そこへ酒をくすねに行く気にもなれず、だからといっていつものように昼寝をする気にもなれず。と言っても一度は昼寝をしていたのだが、目覚めた時になにか物足りないと気が付いて、それがなんなのかわからずもやもやしたままでいる。
そういえば今日はウルの姿をあまり見ていない。朝飯をとる時は隣に座っていたが、それきり見ていない。
何をしているのかと考えて、そういえばウル本人が『きょうサンジにりょうりおそわる!』と言っていたのを思い出してまたもやもやした。出会ったばかりのころはうっとおしいほど引っ付いて回ってきたのに、最近はどこにでも行ってしまう。そう思って、そう思った己にあほらしいと思い寝ることにした。余計なことを考えるなら寝る方がいい。そういつものようにメリーの船側に身体を預けると目を閉じた。
『──?』
ゾロは誰かに呼ばれた気がしてふと目を開けるとそこには視界いっぱいにウルがいた。さすがに驚いたゾロが固まっているとウルはそのままにっこり笑ってくるりと回転しながら胡坐かくゾロの膝に遠慮なく座ると、驚いて中途半端に宙に浮いていたゾロの右手を掴むと小さな箱をその手のひらに置いた。
「……あ?開けろって……いきなりなんだよ。」
ニコニコとゾロを見上げるウルにゾロは戸惑いつつ素直にその箱を開ける。
「……これ、」
入っていたのはチョコレート。そういえば最近停泊した島でチョコレートの祭りだがなんだかをやっていたのを思い出した。それに触発されたコックなのか、ナミなのか……だから今日は甘い匂いがしていたのかと合点がいった。今はいろんなことに興味があるウルのことだ。りょうりをおそわる、はこのことだったのかとわかったゾロはなんとも言えない気持ちでそれを見つめてしまった。
ゾロは一瞬困惑したが、少しだけ緊張した顔に変わっているウルにそれ以上気づかれないように箱の中のチョコレートに手を伸ばした。ひとつ摘んで一気に口に放り込む。
「…………うまいなこれ。」
だがゾロが予想していたようなくどいほどの甘さは感じず、やさしい甘みとほのかな苦みに鼻に抜けるさわやかな香りに彼は少し驚いた。
そんなゾロの様子にウルは嬉しそうに目を細め、獣型であれば尻尾をぶんぶん振っているように全身で嬉しいと言っていた。
「甘くねェチョコもあるんだな……あ?酒にも合う?へェ?今晩試してみるか……。ウルも一緒に飲むか?」
そういうゾロにウルは首を振る。ウルは酒にめっぽう弱いので酒を飲むのは楽しくないらしい。ゾロはむくれるウルに笑い「悪かった。」と笑うと彼女の頭を乱雑に撫でた。
◇
「あら、ゾロ。」
夜も更けて。不寝番以外はすでに夢の中。そんな時間に甲板で独りウルからもらったチョコレートで宣言通り酒を飲んでいたゾロに声をかけたのはナミだった。
「めずらしいな。」
「記録しておきたいことがあったから、気が付いたらこんな時間よ。」
そう言ったナミはグッと背伸びをするとキッチンに続く扉へ向かおうとしたので、ゾロは「ついでに酒持ってきてくれよ。」と声をかけた。
「飲みすぎよあんた。」
「仕方がねぇだろ。これが酒と合うから進むんだよ。」
ゾロはそう言って酒を飲みつつ小さな箱にあと少しのチョコレートを指さした。そのチョコレートを見たナミは「そうだ、イイこと教えてあげる。」と口を開く。
「良いことだァ?なんだよ?」
「それ作ったのウルなのはわかってるわよね?」
「本人からもらったからな。あたりまえだろ。馬鹿にしてんのか?」
「わかってるならいいわ。で、チョコレートを作りたいって言ったのがウルなのは知ってる?」
「……コックかお前じゃねェのかよ。」
「そうなの。ウルはどうして作りたいって言ったと思う?」
悪戯な笑顔でそう言ったナミに首を傾げながらゾロはちまちまと大事そうに食べているチョコをかじる。それを見たナミは笑顔を深くするとン話を続けた。
「街で好きな人にチョコレートをあげる日って知ったから、ですって。それにあんたが食べてるやつは、あんたにしか作ってない特別品。」
その言葉にゾロが激しくせき込み、何も言えずに固まったのを見てナミはじゃあね~とキッチンに消えていった。
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