プロローグ
「名は……『貴族のフィンチ』。」
そう言ったロビンの声は固く、一味の船長を見つめる目は困惑と悲しみの色をしていた。一度視線を落とした彼女はそのまま口を開き続きを話す。
「と言ってもこれはある種族種族の蔑称。本当の名は『オペラッタ』。物語を紡ぐ声を持つ一族。…そして…『貴族のみが飼うことを許された』一族。」
「飼う…?ちょっと待て。だって、それって…。」
そう反応したウソップの顔は青い。ロビンは辛そうな顔になると「ええ。」と肯定した。
「種族としては珍しくともヒトである彼らはペットのように扱われてきた。『飼う』ことが貴族の財力や権力を示すステータスであり…天竜人の間では『飼うことが当たり前』ともされていた時代もあった。」
ロビンは辛そうにそう語りながら再び船長、ルフィを見た。
「彼らはこの世に二つとない美しい卵のから生まれ、その瞬間から聴く者全てを魅了する声で歌うことができると言われていたわ。ターコイズブルーの輝く髪に白い肌を持ち、その見た目からも全てを虜にする…。彼らを生み出す美しい卵も宝石以上の価値を持ち、貴族たちはこぞって手に入れたがった。」
ルフィの顔は固い。手は強く握り込まれ、目には強く力が入っていた。
「でも、その…オペラッタって決まったわけじゃ…。」
そう呟いたのはナミだ。だがその手には一枚の紙がある。その紙は手配書だ。懸賞金、そしてそのベリーを受け取る条件を見て顔をしかめていた。
「…私も、そう思っていたわ。でも、それはただ彼らを見たことがないから本当なのか判断できなかっただけ。でも、手配書は…。」
「……そういえば、ビック・マムが欲しがっていた。」
ロビンの言葉を聞きながらチョッパーが小さく呟く。それを聞いたサンジは火がついてもいないくわえたままだったタバコをぐしゃりと潰した。
「でもよ、その種族の価値が歌声にあるなら……。」
そこまで言ったフランキーは口をつぐむと少し考えてから、「貴族に、天竜人にとっては狙う意味がねェんじゃ?」と言う。
その問いかけに答えたのはブルックだ。彼は深く息を吸い込むと、「違うんです、フランキーさん。」と彼の暗い眼がより一層暗く、いつもは暖かいはずのその虚に澱みを抱えて話し始めた。
「彼女が女性であることが大きな問題なのです。」
その声に静かに聴くことに徹していたジンベエが「もしや。」と口を開き、ウソップが「なんだよ、何がだよ。」と動揺に揺れる声を出した。
「そう。彼女は…女性。子を産むことができる。オペラッタにとって子とは卵。そしてその卵は命を宿すことがなくとも定期的に生み出す。」
「それを狙ってるのか。」
ずっと黙っていたルフィが静かに言った。言葉の深いところに確かな怒りをもつそれにロビンは辛そうに顔を歪めながら頷く。
「それに、もし彼女を買った者の手に同じ種族の男性がいたら『命を持つ卵』を産むよう強制される。彼らは同族でしか繁殖できる可能性がほとんどないの。逆に言ってしまえば『同族なら子を産む可能性は遥かに高い』。もう滅んだとされていた種族。伝説的にもなりつつあった歌声を手に入れるためならどうなるかわからない。もし、そうでなくとも…卵は、何よりもの価値を…。」
ロビンはこれ以上は、といった様子で口をつぐんでしまった。
「ごめんなさい。本人にそのことを知っているか確認しないとみんなに言えないと思っていたら…。」
そう言ったロビンにルフィは「仕方がねェよ。気持ちは大切だ。」と言って慰める。それをブルックは辛そうな顔をして、「私もです。ルフィさんにだけでも言うべきでした…。」と言った。
「私がまだ若かった頃にオペラッタ族の乱獲…あまりにも酷い言葉ですが、彼らの故郷が壊滅する大事件があったのを覚えています。ルンバー海賊団は音楽を愛する者たちばかりでしたから、オペラッタ族に直接会った者もいて…だから彼らに聞いて。」
──まさかウルさんが。
そう言ったブルックがナミの手元にあった手配書をじっと眺め、今にも泣き出しそうな顔をした。
ずっと黙ったままでただ聞いていたゾロはその顔ただ見つめていた。
ウルとは一味にいる三人の女性クルーのうち一人だ。まだ幼く、少女と大人の女性の間にいるような能力者の少女。前に出て戦うような子どもではないが、いつも元気いっぱいにサニー号の上を走り回り、まだ十代のクルーたちと遊ぶのが楽しいと全身で言うような子ども。そんな彼女は幼い頃から麦わらの一味に出会うまで酷い環境で育ったのが原因で声が出すことができない。だから話すことはできないが、何故かルフィ、そしてゾロは言いたいことはよくわかるから困ったことがなかった。
だが、それはゾロにとっては過去のこと。二年離れてから最近はよくわからない。カイドウを引きずり下ろすまでまともに話せなかったかもしれないが。
そう、カイドウだ。カイドウ率いる百十の海賊団との戦いで彼女は勇猛果敢という言葉が似合うほど、持てる力の限り戦ったのをゾロは仲間から聞いた。それは頼もしく立派だったと。そんな話を聞いたゾロはウルトと出会った頃は戦いとは程遠い子どもだったのになと感慨深くなったのを覚えている。
だからワノ国での戦いのあと、彼はウルの更新された手配書で跳ね上がった金額を見て満足に思い、共に変更されたその文字に首を傾げていただけにしていた。
だが今はそんな己が憎らしい。そうゾロは思っていた。彼女は喜ぶより先に思い詰めていたような顔をしていたことに気がついたのに、なぜそんな顔をしたのか聞かなかった己が憎らしい。
今もゾロはロビンとブルックの言葉を話を一言も言わずただ聞いているだけだった。彼女に向けられた言葉の一つ一つに何かが氷のように冷えて軋むのような音を立てているような心地がするのに、思考がぼんやりとしてただその場に突っ立っていた。
一味が緊張した空気を抱えるこの状況の全ての始まりは手配書にあった一文字。
──『ONLY ALIVE』
ワノ国を出て更新されたウルの手配書その文字に首を傾げていたほとんど一味の中で顔色を変えたのはロビンとブルック。そしてその意味が本当だと思い知らされたのが今。
そしてその今に『ウルが攫われた』という事実。
貴族のフィンチ──オペラッタ族。そうだと決められたウルは攫われた。みんなが一瞬目を離した隙に。気配なく、だが強大な何かの手によって。
「なんで……。」
ゾロがどうにかして絞り出した声は情けないほど震えていて、握り込んだ掌がなぜか濡れていて冷たい。
そんなことをぼんやり感じながら、彼はなぜかまだ出会ったばかりの小さなウルがこちらを向いて小さく笑った顔をはじめて見た時のことを思い出していた。
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