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また、なんて言うんじゃなかった

2024年2月11日
読了時間: 6分

「仮説を立てた。もし叶うならばそれはあの海で出会った時と同じだと…シャチ、ペンギン、ベポもそうだった。再会したのは13歳。他のクルーも、それ以外でおれの人生に大きくかかわった人は例外なく『あの海で出会った時と同じ年齢で再会した』。」


そう言ったローは沈みかけた陽が差し込むロロノア家のリビングのソファに浅く座り、傾いた頭は視線を床に向けながらも何も見ておらず、彼は乾燥したかの痛くなった目をぎゅっと瞑った。

その様子を眺めていたのがこの家の住人で、あの海…簡単に言えば前世の世界からローと浅からぬ縁のあった男、ゾロ。彼はローがこの世界に生を受け、この世界には『あの海の記憶』を持つ者達がいることを知った初めの人物である。


ローは生まれ自分を自覚した瞬間から『あの海の記憶』があった。

前世の記憶と言えばいいのか、転生前、なのか。


世界そのものが違うような場所でそんな記憶を持って生まれたものだから、もしかしたら自分だけではないのか?と思い、身体の自由、言葉の自由が利くようになってから、あの海では失ってしまった家族に『前世はあるとおもうのか』を聞いたが、父も母も妹も首を傾げるだけで。覚えていない方が良い記憶だと思うが少し寂しかった、ということが沢山あった。

それから少し経ち、出会ったのがゾロだ。彼はこの世界ではローより10歳も上で、家族と共に十数年前にローの生家の隣に引っ越してきた。それ以来生まれ変わっても妙な縁のつながり、いわゆる腐れ縁を続けていた。

そしてその腐れ縁はローにとって最も大切な縁の一つをも連れて来ていた。

ゾロには妹がいた。ただ血の繋がりは無く、彼女が幼い日に両親と兄を無くしたことで、親戚であったロロノア家が引き取って結果義妹になったと後から聞いた。


彼が引っ越してきた日、トラファルガー家に挨拶に来たロロノア家。ローの顔を見ながら妙な顔で首を傾げるゾロの足にへばりついていた、そんな妹。ローはその姿を見て泣きそうになったのを覚えている。

幼かったが、彼女の面影はまさにローがあの海で一つの海賊団の船長だった時に側にいた大切なクルーの一人だったから。


会ったのではなく、再会した。そう思った。


ローはかけがえのない仲間とこの世界でも再会できたことの喜びで、彼女が名乗る前に彼女の名前を呼び駆け寄った。でも、そんな彼に彼女は怯えた目を向け、この世界では兄であるゾロの影に隠れてしまった。

ローは父と母に初対面の女の子を怖がらせてしまったことをたしなめられたが、全く耳に入らなかった。彼女の脅えた目だけが頭の中をいっぱいにしていた。

すると大きなため息をついたゾロが、世間話に華を咲かせる父母たちに隠れるように、まだ小さなローの目線と合うようにしゃがむと、小さな声で少女の真実を告げた。


『……こいつはおぼえてねェよ…トラ男……ナギはなーんも、覚えてねェ。』


「───…そのままでいいとも、思っていたこともある。おれが近くにいた事で、あいつがひどい目にあったこともあるからな。……でも、あきらめていくにつれ、他の…恩人に、クルー…記憶があって再会して……諦めきれなくなった。だから、仮説を信じることにした………。」


そう言ったローがこぼした小さな、本当に小さなため息。何かを諦めたその音はすっかり暗闇に包まれてしまったその部屋でも重たいものだった。


「…………それで引っ越すのか?ずいぶん遠いとこだな。」

「あァ、引っ越しして物理的に距離を作る……お前には言うが、未練たらたらなのは自覚しているからな。ゾロ屋、世話になった。もう会うことはねェだろう。……麦わら屋には言うなよ。」

「この街で会わなきゃいいだけじゃねェのか?……第一、おれがルフィに伝えなかったとしても誰かが漏らすだろうよ。」

「……………それは……そうなるな。」

「まァ…無理とは言わねェが、たまに飲むぐらい付き合え。安心しろ………妹には言わねェよ。」

「………言ったところで……いや、もう……いいか。もう、終わりだ。」


ローはそう言って寂しそうな顔をするとソファから立ち上がった。


◇


────『また、なんて言うんじゃなかった。』


ナギが思考を自覚して初めに思ったのはそんなこと。手足も認識できない無防備な肉体のまま、ただ泣き声だけが自由で、でも心は不自由だった。


『悔いが残るとこうなるのか』


赤子のナギは嘆きで泣きわめいた。遠い海の記憶を持って生まれたことを。その世界で約束を守れなかったことを。大切な人たちの旅の行く末を見ることもなく、一人だけ先に、呆気なく死んでしまったことを。

だかれこれは罰だ。そう思った。後悔で苦しむようにと与えられた罰だと。


​────彼女は生まれたことを自覚した瞬間から『あの海の記憶』があった。

世界そのものが違うような場所でそんな記憶を持って生まれたものだから、もしかしたら自分だけではないのか?と思い、身体の自由、言葉の自由が利くようになってから、あの海では幼い頃に失ってしまった家族に『前世はあるとおもう?』を聞いたが、父も母も兄も首を傾げるだけ。彼女はそれにひどく安堵していた。やはり、これは罰だと。

そんななか、彼女は両親と兄を病気と事故で相次いで亡くした。『あの海』と同じだ。やはりこの命は罰を受けるために与えられたらしいとさらに思った。


ひとりぼっちになったナギは会ったことのなかった親戚に引き取られることになった。

ただ、そこで思わぬ事があった。『あの海』では麦わらの一味戦闘員だったゾロがナギの兄になったことだ。

ゾロは『あの海の記憶』を持っていた。なぜわかったのかだが、彼と再会して少ししてから『お前、あのナギか?』と聞かれたからだ。そこでナギは絶望することになった。なんで、覚えて産まれてきたのかわからなくなったからだ。


それからナギは『あの海の記憶』は無かったことにした。心の奥底にしまい込んだ。もし、もしもゾロと同じように大切なあの人たちが記憶を持っていて、もしそんな彼らと出会ってしまえば、苦痛の記憶を持ったわたしは、後悔ばかりのわたしは、どうすればいいのかわからないから。

喜びか、悲しみか、あるいは恐怖か…再会の可能性、その先にあるものを考えることが怖く、この世界に産まれてまだ幼かったナギはそうすることにしてしまった。

そして、新しい家族と養父の仕事の都合で引っ越した先で、ナギにとってもっとも大切な人と─────


そうしているうちに二十二歳になった。


「────……本当に、本当にそれでいいんだな?」

気配が一人だけになったリビングから大きくはないがよく通る声がリビングそばの廊下にいるナギに問いかける。

「お前らに何があったのかは知らねェし、知るつもりもねェよ。けどあえて『兄貴』として言う。……この世界でも後悔するな。」

それを聞いたナギは廊下の壁に背をつけて、ずるずると床にへたり込んだ自分で自分を抱きしめると静かに泣いた。

手には『お誕生日おめでとう トラファルガー・ロー』と書かれた小さなメッセージカードが握られていた。

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